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昨日、JTWOの映画と旅研究会の講演会に行きました。弁士、無声映画時代に活躍した職業です。恐竜のような遺物を見るような感じで行きました。しかし、真剣に言葉を語るということは、迫力と楽しさに満ち溢れています。女性の方でした。文楽の太夫の語りも素敵です。日本人は、あまり、評価しませんが、どちらも諸外国で評価されています。人が、肉声で話す事は、どのような時代になっても廃れない魅力があるということをつくづく感じました。http://www.matsudafilm.com/
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今、プランジャパンという国際NGOのチャイルドスポンサ-をしています。
その結果、今の私の人生が豊かになりました。
はじめ、送られた少女の写真を見た印象です。
表題は、『その瞳の見つめる先は、希望』としました。
写真の少女は、裸足で大地を踏みしめ、少し戸惑いの表情を漂わせつつも、澄んだ瞳でこちらを真直ぐに見つめています。私は、海外の旅が好きです。しかし、定年を控え、心豊かな旅とは何かを自問自答した結果、国際NGOのチャイルドスポンサ-になりました。ラオスに住む7歳の女の子です。早速、手紙を出しました。「日本には四季があります。今は冬で寒いです。ラオスには四季があるのですか?」 冬が終わり、春が訪れ、私は、手紙の返事を、気に留めなくなっていました。木々の緑が目に優しく感じられる頃、一通の手紙が届きました。手紙には、スポンサ-になってくれたお礼と家族の事が綴られ、クレヨンで描かれた素朴な花の絵が同封されておりました。簡素な机でひたむきに絵を描く少女の様子が思い浮び、遠い少年の日の記憶とも重なり、新鮮な感動がこみ上げました。心の交流の旅は、今も続き、私の活力になっています。いずれ会う事を楽しみにしながら!
それから、1年以上がたちました。少女も8歳になり、民族衣装を着た写真を送ってくれました。はにかんだ表情に、少女らしさを感じます。
乾季の季節の会いに行くつもりです。
3月25日の朝日新聞の夕刊のものづくりのテ-ブルに「良いもの、すごく良いもの」という記事が出ていた。
「安くて良いもの」が増えたが、「ものすごく良いものは、目立たなくなった」との切り口の内容です。
そこで、ブランドとは、なにかと考えました。日本人は、ブランド品が、大好きです。品質がよいから、買う人もいるでしょう。ステ-タスシンボルの観点で買う人もいるでしょう。西欧人は、自分の品格とブランドを考えて買うとよく聞きます。ですから、日本の若い人が、ブランド品を持つことに違和感を感じるといいます。本当かどうかわかりませんが、確かに、欧米の若い人は、ブランド品を持っている人をあまり見かけません。
また、ブランド品イコ-ル値段の高いものとのイメ-ジもあります。ブランド品は、何故、高いのでしょう。
完成までの工程が多く、手作りの要素を頑固に守りとおしているからどうしても高くなるのでしょうか。
同じ品質のものを、簡便な工程で完成でき、より安くできればいいとおもうのですが!
偽ブランド品と何が違いがあるかよく分かりません。商標権を守る事の重要性は、大切です。しかし、こんなに品質が違い、それが結果として、こんなに風格ある商品になる。もっと、ブランドの品質について説明してくれるべきだとも思うのですが!それとも、そんなことは当り前で、知らないのは私だけなのでしょうか。
朝日新聞の15ペ-ジ「私の視点」で郷原信郎氏(名古屋大教授・元検事)が小沢幹事長の献金疑惑問題で小沢氏の検察に対する対応の首尾一貫のなさに愕然としたと主張されています。
以前に、田原総一郎氏の朝までテレビ(間違っているたらごめんなさい)で、小沢幹事長の献金問題が取り上げられ、多くの検察OBやマスコミ関係者が論議をしたのを、眠い目をこすりながら見ていました。
論点は、政治資金規正法の社会的な位置づけ、その、厳しくなっている背景の話、国会議員の不逮捕特権の意味、そして、検察についての考え方等、考えさせられる議論でした。
その議論で考えさせられた事
①郷原氏の主張
国会議員の不逮捕特権について、民意で選ばれた国会議員を、何故、今の時点で逮捕しなければならないのか?そんな事が許されるならば、民主主義の根幹を揺るがす問題として何故考えないのか。
②あるマスコミ関係から、マスコミの側として、検察のリ-クがあっても、その内容を、一度受け止め、咀嚼して、見解をきちんと整理し、読者に届けるのが、マスコミの立場。
検察は、正義か?については、私は、そうではないと思いました。やはり、保守的な特権意識をもつ官僚機構だとの思いを強くしました。
小沢氏の献金疑惑は、それ自体は、大きな問題であり、法律論は別にして政治の問題として明らかな説明責任を果たすべきとの思いです。
しかし、くさいものに蓋の今回のような小沢氏の対応は、郷原氏の主張するように、民主主義における政治と検察の重要なテ-マをあいまいにする姿勢を感じます。「首尾一貫した姿勢を貫き通す事の大切さ」を新聞の記事を読みながら、噛み締めました。
以前に、田原総一郎氏の朝までテレビ(間違っているたらごめんなさい)で、小沢幹事長の献金問題が取り上げられ、多くの検察OBやマスコミ関係者が論議をしたのを、眠い目をこすりながら見ていました。
論点は、政治資金規正法の社会的な位置づけ、その、厳しくなっている背景の話、国会議員の不逮捕特権の意味、そして、検察についての考え方等、考えさせられる議論でした。
その議論で考えさせられた事
①郷原氏の主張
国会議員の不逮捕特権について、民意で選ばれた国会議員を、何故、今の時点で逮捕しなければならないのか?そんな事が許されるならば、民主主義の根幹を揺るがす問題として何故考えないのか。
②あるマスコミ関係から、マスコミの側として、検察のリ-クがあっても、その内容を、一度受け止め、咀嚼して、見解をきちんと整理し、読者に届けるのが、マスコミの立場。
検察は、正義か?については、私は、そうではないと思いました。やはり、保守的な特権意識をもつ官僚機構だとの思いを強くしました。
小沢氏の献金疑惑は、それ自体は、大きな問題であり、法律論は別にして政治の問題として明らかな説明責任を果たすべきとの思いです。
しかし、くさいものに蓋の今回のような小沢氏の対応は、郷原氏の主張するように、民主主義における政治と検察の重要なテ-マをあいまいにする姿勢を感じます。「首尾一貫した姿勢を貫き通す事の大切さ」を新聞の記事を読みながら、噛み締めました。